多福寺の歴史
 
「当山開基不詳 同 □ 竹井村 天台宗 多福寺ノ処哀破ニ及  安永八亥年四月十四日 旧領主免許ヲ得テ 当地移転 真宗ニ改宗ス 中興教林トイフ」
(多福寺由緒書)
 
 多福寺は、始まりは現在のみやま市山川町の竹井村という場所であったようです。そこで天台宗の寺院として存在していましたが、安永八年(1779年)に真宗に改宗したと記載があります。
 
その中興の祖が教林であり、二世栄樹 ~ 三世一法 ~ 四世法顕 ~ 五世顕照 ~ 六世一實 ~ 七世徹心(現住職)となります。
 
 「郷土資料調査解説」(柳川山門三池教育会編)によりますと、明治44年に本堂を新築したとありますが、その本堂も昭和9年3月10日昼前の失火により全焼致しました。それゆえ上記の資料以外には寺として残された記録が何もありません。以前から伝わっている什物と言えば本堂前にある元天台宗の名残を残す六地蔵と火事の時に持ち出された喚鐘と鏧だけです。
 
昭和6年頃の旧本堂(八幡町 許斐家所蔵写真)
 
喚鐘           
  
  六地蔵